佐渡金山(^O^)/
5月4日、夜の雨も上がり、
部屋からも綺麗な海が見えます。
バイキングの朝食をお腹いっぱい頂き、佐渡最終日の始まりです。
最後に佐渡金山を訪れます。
初日の、西三川ゴールドパークとは別で、こちらは江戸時代に徳川幕府の小判製造から、平成元年まで金掘りしていた跡地です。
実際に使われていた坑道を進みます。
坑道を出ると、江戸時代からの露天掘りで、山が割れている
『道遊の割戸』が見えます。
金づちで、山を割った跡ということで、人間の強欲の象徴になっているようです^ - ^
この金山も、平成元年まで操業していたというのが驚きです。
このトロッコに乗って、坑道奥の採掘現場まで、行きたくないです。
地形を利用して、鉱脈の鉱石から、錬金していたようで、これらの金山から建物までを世界遺産に登録したいと地元の方々は、動いているようです。
もう一度、同じ入口から、右のルートを進むと、こちらは、江戸時代の金掘りの様子を可動人形で再現しています。
菱刈金山も行ったことありますので、ほぼ同じ内容だったと思います。
坑道の案内をされている方に、閉山の理由を聞いてみましたが、
表向きは、金の枯渇とのこと。
でも実際には、地下深く、13段まで作られた坑道に対して、費用対効果が得られず、南アフリカ等の安い金に対抗出来なくなったのが理由のようです。
部屋からも綺麗な海が見えます。
バイキングの朝食をお腹いっぱい頂き、佐渡最終日の始まりです。
最後に佐渡金山を訪れます。
初日の、西三川ゴールドパークとは別で、こちらは江戸時代に徳川幕府の小判製造から、平成元年まで金掘りしていた跡地です。
実際に使われていた坑道を進みます。
坑道を出ると、江戸時代からの露天掘りで、山が割れている
『道遊の割戸』が見えます。
金づちで、山を割った跡ということで、人間の強欲の象徴になっているようです^ - ^
この金山も、平成元年まで操業していたというのが驚きです。
このトロッコに乗って、坑道奥の採掘現場まで、行きたくないです。
地形を利用して、鉱脈の鉱石から、錬金していたようで、これらの金山から建物までを世界遺産に登録したいと地元の方々は、動いているようです。
もう一度、同じ入口から、右のルートを進むと、こちらは、江戸時代の金掘りの様子を可動人形で再現しています。
菱刈金山も行ったことありますので、ほぼ同じ内容だったと思います。
坑道の案内をされている方に、閉山の理由を聞いてみましたが、
表向きは、金の枯渇とのこと。
でも実際には、地下深く、13段まで作られた坑道に対して、費用対効果が得られず、南アフリカ等の安い金に対抗出来なくなったのが理由のようです。